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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1582号 判決 1957年3月25日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人が山梨県北巨摩郡白州町第百九十八番、田一反二畝十八歩につき昭和二十七年十月一日付の譲渡令書によりなした譲渡処分の無効であることを確認する。被控訴人小林古丸は控訴人に対し右土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決、並びに土地明渡部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人山梨県知事指定代理人及び被控訴人小林古丸は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出援用認否は、控訴人訴訟代理人において、別紙「準備書面」と題する書面記載のとおり法律上の見解を開陳し、当審であらたに甲第五号証を提出し、当審証人高箒誠の証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果を援用じ、乙第十二号証の成立を認め、被控訴人山梨県知事指定代理人において、乙第十二号証を提出し、当審証人河西福貴、同窪田義澄の各証言並びに当審における被控訴人小林古丸本人尋問の結果を援用し、甲第五号証の成立を認め、被控訴人小林古丸は当審証人河西福貴、同窪田義澄の各証言並びに当審における被控訴人小林古丸本人尋問の結果を援用し、甲第三ないし第五号証の成立につき被控訴人山梨県知事指定代理人と同様の陳述をした外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。(ただし原判決事実摘示中記録第一六四丁裏末行に「別紙第一号目録記載の土地」とあるのは「別紙第一号及び第二号目録記載の土地」、また同第一六八丁裏末行に「同政令第十四条」とあるのは「同政令施行令第十四条」の各誤記と認める。)

理由

当裁判所は原判決理由中記録第一七〇丁裏一行目以下に「右土地が旧自創法第十六条により原告に売渡されたものであることは本件口頭弁論の全趣旨により明らかである」との部分を「控訴人が右土地を旧自創法第十六条の規定により昭和二十二年十月二日売渡を受けたものであることは、成立に争のない乙第一号証、甲第五号証により明らかである。」と訂正し、同第一七五丁表初行「政令施行令」の次に「第十条」を附加する外は、右理由の記載をすべてここに引用し、これと同一理由によつて控訴人の被控訴人等に対する請求はいずれも失当として棄却すべきものと判断する。

控訴人は、昭和二十五年政令第二八八号(自創法及び農調法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令)第二条第一項本文中の括孤内の規定が憲法第二十九条に違反すること、同政令による強制譲渡は正当な補償を欠くから同様違憲であるとの従前の意見につき、更に当審において別紙準備書面のとおり補足するところあるも、いずれも独自の見解であつて到底左袒することはできない。なお同書面一、の末段において、控訴人は「昭和二十七年十月一日に前記政令第二条第一項本文括孤内の規定により、政府に強制譲渡せられた本件田が四年有余を経た今日なお自作農として農業に精進する見込のある者に売渡されていない」と主張し、この点からみても、原判決が右法条による政府の土地取得は、一時的例外的事態を律するためのものであることを理由として合憲の理由としたのは(記録第一七二丁表末行より同丁裏七行目まで)、失当であると非難しているが、成立に争のない乙第十二号証によれば、現に本件田は昭和二十九年七月一日耕作者である小林古丸に売渡されていることは明らかであつて、本件強制譲渡に関し前記法条を濫用したと認むべき事跡はない。しかもかような事項は、前記規定の運用が適正に行われたかどうかの点に関する問題であつて、もともとこの規定の立法趣旨等抽象的な法解釈とは直接関連する事項ではないのである。

また控訴人の被控訴人小林古丸に対する本件田の賃貸借は一時的のもので、強制譲渡の対象にならないという控訴人の主張に対し、原判決がその判断の前提として説示する事実の認定も相当であつて、当審でなされた新たな証拠調の結果を斟酌するも、この認定を左右することはできない。

よつて原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(昭和三二年三月二五日東京高等裁判所第五民事部)

第一準備書面

一、(公共の福祉の点について)

土地国有が原則として違憲であり、只例外として公共のためにのみ許容されるものであることは、憲法第二九条に宣言しているところである。

公共というのは、国民大衆のことであり、公共の福祉というのは、国民の基本的人権を擁護して、その幸福利益をはかるところにあることはいうまでもないところである。公共のためとは、直接公共のために用うべきものであつて、学校を建設するとか、鉄道若しくは道路の敷地とするとか、その享受する利益は直接公共のために為されなければならないものである。基本的人権に対する制約がそのまま公共のために用いられるべきものでなければならず、単に公共の便宜のために私権の享有が妨げられることがあつてはならない。原審判決理由中にある、自作農創設による農村の民主化、並びに農業生産力の増強という国家目的が即ち公共の福祉であるという考え方をとり、農地に対しては一種の国家管理を行わんとするものであるというならば、農地全般について、賃貸を許さない趣旨を徹底しなければならないものである。そしてその農地を農業に精進する見込のある者にこれを耕作所有させる措置を考うべきである。

しかし公共の福祉という考えを右のように解するとしても、何故その農地を国家が所有しなければならないのであろうか。国民がすべてその基本的人権を享有し、幸福利益を追求し得る状態においてこそ、公共の福祉は成立するものである。いうまでもなく土地国有の違憲性は、国家権力が自由民権を濫りに侵してはならない一の鉄柵を設けたのが、立憲制度の本質である。

しかるに国家の為すことが総て公共のためというならば、国家意思の欲するままに民権を奪い得ることとなり、憲法によつて建てられた鉄柵は自由に侵し得ることとなつて立憲制度の破壊といわなければならない。

加之、原審判決理由中には、右の土地政府所有は一時的例外的な事態を律するものであることを合憲の理由としている。

しかるに、その譲渡令書は、昭和二七年一〇月一日付のものであるにも拘らず、その所有者は以前、四年有余を経た今日、未だ控訴人である(甲第五号証御参照)。この事実を観ても、国家の所有が、公共の福祉に適合するものであるとは、到底いい得ないのである。

二、(正当な補償の点について)

原審判決は、自作農創設特別措置法は、その買受人に不当の利益を得せしめるためのものではなく、又民法第五百七十九条の買戻制度と酷似する制度であることを合憲の理由としている。

しかるに、侵すことのできない個人の財産権を、公共のためにのみ、正当な補償の下にあつてこそ、はじめて用いることができる旨の憲法上の大原則は、これら一片の言辞によつて、正当化されるものではないものといわなければならない。

処分の目的たる公共の福祉がいかに意義あることであろうとも、それによつて補償の額を本来あるべき額よりも低く見積ることは許されないのである。何となれば、補償は、その対象の経済的価値についてなされてこそ、財産権を保障した原則の要求を充足するものであるからである。

本件政令の規定する補償については、すでに原審において主張したとおり、農地の価格は高騰したのであるから、従前の統制価格を基礎とするその補償額は、経済的価値をはるかに下廻るものであつて、到底正当な価額とはいい得ないのである。(この点については、法学協会、註解日本国憲法上巻、二九二~三頁御参照)

以上原審ですでに主張して来た諸点と共に合せ考えるならば、昭和二十五年政令第二八八号第二条第一項本文中括孤内の規定は憲法に違反するものといわざるを得ない。

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